Baghdad インターネットカフェ物語
先日紹介したブログ以外にも面白いエントリーがありました。
こんな事ばっかりだとBaghdadも楽しいと思います。
Unbelievable Internet cafe stories
前半:
管理人、Zeyadさんによるイラクでのインターネットの歴史が書かれています。
後半:
知り合いが経営しているインターネットカフェでのお話、5つ。 Baghdad恐るべし
続きは、ネタバレを含んだ、エントリーの要約。出来れば原文を読んで欲しいです。
Zeyadさんによる
イラクでのインターネットの歴史:
1999年以前、イラクに一つもインターネットコネクションがなかったらしい。SCIS (State Company for Internet Services)と言うところが唯一のインターネットプロバイダーで、2002年の後半までに、2500万人の人口に対して、インターネットユーザーはわずか15000人だったらしい。
湾岸戦争以降の経済制裁でコンピュータの部品や光ファイバー関係の部品は輸入が禁止され、フセイン政権自体も一時は、インターネットは、アメリカのグローバリゼーションの一つだと説明していたらしいです。
1999年以降は、かなりゆっくりであるが、フセイン政権の政府関係施設や、バグダッド大学等に広まっていったらしい。
2000年の初めに最初のインターネットセンターが、Baghdad駅近くにオープンの後、2003年までには、イラク全体で42箇所のインターネットセンターがあったそうですがコンピューターの数はたった546台だったそうです。あと、モデムを購入するには政府の許可が必要だったらしいです。
2002年には、一般家庭にインターネットの設置の許可が出たらしいのですが、盗聴や、フィルターをかけられていたと言う事です。これは、イラク戦争が終わった(いつ?)数日後まで続いたとの事。
バグダッド・インターネットカフェ物語
【第1話】:
はじめて使ったemailを送付してもらうよう頼んだ女性が、Thanksの挨拶を書いていなかったので、メールを戻して欲しいと言った話。
【第2話】:
Yahoo MailのユーザーIDにwww.iraq.comとパスワードにbaghdadを使っていた?という男性の話。
【第3話】:
インターネットカフェ毎にメールアカウントを作って、至急の返信を待っていたという男性の話。
【第4話】:
MSN Messengerを使ってシリアにメッセージを送ろうとした族長さんたち。
”Everyone knows us”といって、アカウント情報をもっていなかった・・・(汗)
【第5話】:
最後のトリ!
女性のハイヒールと口紅などを、「インターネットで至急送ってくれ」と来た男の話。
ねね、読みたくなった?
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